March 14, 2003
施しは人のためならず
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お坊さんがする托鉢というのは、修行のためにするのだと思っていたけれど、どうやらそれだけではないらしい。
有馬頼低氏 日経新聞3/14 朝刊 私の履歴書より
禅僧にとって托鉢は大切な修行の一つだ。私どもが行くことによって人々に寄進の気持ちを起こさせる。執着して自分のものだと思っているものを放す機会をつくる。それに対して僧は仏法を施す。形あるものを施し、形のない仏法で報いる。そのために歩くのである。誰だかわからないけれど差し上げる。そのために網代笠は深いのである。知っている人だからお布施を、では困るのだ。
なるほどそういう意味があったのか。なんとなく納得。
人はものに執着するから争いも起きる。大事なものほど形が無いような気がするが、幻だろうか?
Posted by kengo at March 14, 2003 02:33 PM | TrackBack | I Think | Blog Search | English | QR |
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