April 11, 2003
個人の領域はどこからか?
タイトルに惹かれて読み始めたCNETの「日本人にはBlogより日記」、はてなの人気に迫るという記事だがけっこう名言が多い。はてなの開発者の近藤淳也氏はかなり気になる言葉をインタビューの中で使っている。
文系と理系の融合というのは非常に重要だと思いますね。理系だけの思想だと一般ユーザーにまで広がらない、閉じたサービスになりがちです。そこは非常に気をつけています。
技術とサービスをうまく融合していくことは確かにポイント。
技術的なものを開発したら、それを使って何をするかを考えるのは技術者以外の意見を聞いてみたほうがいろいろ発想が広がるだろう。
検索代行のようなビジネス用途が、有用かつ収益的にも可能性があるという気がしています。
ネットがこれだけ普及すると情報がどこにあるかを探すのが難しくなる。また適切な情報がどれであるかを自分なりのフィルターを通す必要がある。適切なキーワードや関連の語句を含めた検索ができるようになるとサクサクと検索することができる。
そしてそれを検索代行エージェントのようにビジネスにできれば面白い。時間の節約のために検索された結果だけを求める場合もあるのかもしれない。
海外では、ホームページを作成し公開するということは、万人に公開することだという認識があると思うのですが、日本では「我が家へようこそ」というのがホームページに対する認識ではないでしょうか。
このニュアンスはなかなか当たっているかもしれない。ホームページという言い方が僕は好きではないが、日本の場合はやはり自分の家という意味でのホームページなのかも。
なかなか鋭い指摘だ。
それは家の構造でも似ていると思います。日本の家屋の場合、「まず靴を脱いでください。ここからは我が家です」という感じですよね。でも海外では、個人の領域というのは部屋であって玄関ではない。靴で家の中に上がっていって、本当に靴を脱ぐのは部屋の中です。
なるほどね。海外では個人の領域は部屋ということですね。個室の文化なのでしょうか?家という点では日本の住宅の場合塀を気にしすぎるような気がする。自分の家の塀の中には関係者以外入るなという意思表示のようにも思える。もっと空間をうまく使えばいいのに。日本が狭いからか?
やりたいと思う人と、作っている人が一体だから強いのだと思います。建築で言えば、工務店・施工主・建築家が全部一緒で、資材と土地も自由に使える。そういう会社は、できることが他と違ってくると思うんです。
規模を追わなければ全部自分のところでやれば、確かに意思決定は早い。無駄な組織はいらない。
その人にとって価値のある情報を1 to 1でマッチングすることで、今まであまり価値のある情報とはみなされていなかったものが、大きな価値を持つようになる。
自分だけしか興味がないことってある。でもネットでいろいろな人が繋がれば、それでも同じような興味を持った人とめぐり合うことも可能だ。
大人が真剣に文化に貢献していないと感じています。それは、大人が「真剣に遊ぶ」ことが少ないからではないでしょうか。例えば、音楽を聞き、自分の考えを書いて、人と議論したりする。お互いを高めるコミュニティから文化が生まれると思うんです。
この部分ではBlogが果たす役割は小さくはないだろう。だんだんいろいろな人がBlogを始めていくことによって自分が感じたことをオープンな場に出していく事が増えるだろう。
いままではいちいちコードのことを考えないと始められなかった層が、中味に集中することで情報がすばやく頻繁に出てくるようになる。
使いやすいツールで中味に集中できるのであれば、Blogでも日記でも何でもいいのかもしれない。使いやすい物を使ってどんどん書くことがいろいろな可能性を感じさせる。
Posted by kengo at April 11, 2003 05:00 PM | TrackBack | I Think | Blog Search | English | QR |

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