August 30, 2003
時間の大切さ
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時間を何に使うかというのは、結構深いテーマだったりする。時間は限られているから時間の大切さを時々思い出してみよう。
川本裕子氏 Nikkeiプラス1 8/30分より
目的意識さえしっかりしていれば、どんな時間も無駄にはならないと信じていますが、一瞬一瞬の積み重ねが人生だから、その時々の過ごし方はとても大切だと思います。そして年代が上がるにつれ、人生の残り時間を何に費やすのか、という思考がますます重要性を増すのだと思います
時間に振り回されずに自分で時間を操ることができるといい。自分にとって本当な貴重な時間を使って何をしたいのかを考えてみてもいいかもしれない。時間があったらやりたいのは仕事だろうか?それとも大事な人と過ごす時間だろうか?
Posted by kengo at August 30, 2003 12:44 PM | TrackBack | Words&Tips | Blog Search | English | QR |
Comments
よく考えてみれば、私たちは時を経験することはできない。もちろん、日が昇って長い時間がたち、沈むのを見て「昼が終わった。時が経過した」という大まかな経験はできるが、細かい時間を経験することは難しい。
例えば、図書館で本を読んでいるうちに時計が止まってしまっていたことに気づかずにいたとしたら、外に出て薄暗くなっていることに驚く。これは、その間私たちが時の経過を経験できなかったことを示している。
この事例は、私たちが通常、時計の針が進んだことを見ることでしか時を経験することができないことを示している。時計が何らかの原因で止まってしまっていたがために、針が進まず、進んでいないその針を見て「あ、あんまり時間たってない」というように感じたのだ。
しかし、私たちが時計の針が進んだのを見て時を経験するというのは、少しおかしい。時とは、自然の中で連綿とたゆまなく流れているものではなかったか?ということは、針が進んだから時間がたったのではなく、時間がたったから針が進んだのではないのか?そして、私たちがその自然の時の流れに秒・分・時間・日・週・月・年の区分を便宜的に設けていたのではなかったか?
このように考えると、私たちは、日常生活において、時を経験しているのではなく、私たちが自ら生み出した時の体系を経験しているのである。
通常、時計の針が進んだことを目にして時間の経験をする私たちは、上記の事柄を忘れがちである。このことを多くの人がもっと気づけば、行き急ぐ現代人はもう少し余裕が持てるのかもしれない。
Posted by: へてろ on August 31, 2003 02:41 AMPost a comment
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